1993 – 2007 ISRの設立、「Zolar」「PPPhone」の開発
1993年9月、私はスーパーコンピュータ活用のコンサルティング会社として、インターナショナルシステムリサーチ(ISR)を設立しました。当時アメリカでは、クリントン大統領とゴア副大統領が全米規模の高度情報通信ネットワークを整備する「情報スーパーハイウェイ構想」を発表し、これによってインターネットの商用化が一気に爆発しました。私にはインターネットを介してスパコンの活用が進むことや、インターネットの波がすぐに日本に到来することも予測できましたので、日本でインターネットやスパコンをどのようにビジネスに活用できるかをテーマとするワーキンググループの運営を、ISRのサービスとすることにしたのです。といっても私1人しかいませんから、人脈を頼って主だった企業を1社1社当たっていきました。中には「インターネット? そんなもの当社に用はない」とむげにあしらわれることもありました。しかし、時間はかかりましたが、ワーキンググループの顧客企業として何とか12社を集め、会社を軌道に乗せることができたのです。
そしてその収益で社員を2名雇用し、さらに私は温めていた構想を実行に移すことにしました。
1993年にイリノイ大学内にあった米国立スーパーコンピュータ応用研究所(NCSA)が「Mosaic」というwebブラウザを開発したのです。翌94年、神戸で行われた「情報スーパーハイウェイ構想」に関するシンポジウムが開かれた時、私はパネラーの1人として招かれました。そして、Mosaicの開発に携わったエンジニアもパネラーとして招聘されていたのです。私はその研究者に自分の構想を伝えると、賛同してもらえました。その構想とは、Webページをデータベースと連動させるためのミドルウェア「Zolar」の開発です。これは、HTML文書に独自の拡張タグや関数を追記するだけで、データベースと連携したアプリケーションを構築することができ、複数のサーバーに登録されているデータをインターネットによって一括検索できるようにした分散型データベースソフトです。当時、オラクルの言語で構築されたデータベースをWeb上で見たり入力したりすることは難しかったのですが、95年に完成した「Zolar」によって簡単にできるようになりました。
しかし、当時日本国内ではまだインターネットがそれほど普及していなかったので、売れない状況が続きました。そんな中、96年にようやく郵政省を第1号ユーザーとする導入実績を得ることができ、これにより、これまでのワーキンググループ運営事業を解消し、以後「Zolar」の普及に努めていくことになったのです。
2003年にはIP電話にもアプローチし、PDA端末でパソコンのようにアプリケーションを利用できる携帯端末の開発に着手しました。今のスマートフォンの走りといえます。開発した「PPPhone」や「PPPhone-SDK」はバッテリーの駆動時間やWi-Fiのパフォーマンスに課題が残り大きくは成長させられませんでしたが、その後インターホンメーカーのアイホン株式会社の製品に採用され、花開いています。